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ハラハラして時々タメイキーーグザヴィエ・ドランのこと

少し前になりますが、映画『トム・アット・ザ・ファーム』を観てきました。なぜ観たかったのかというと、グザヴィエ・ドランによる最新監督作だからです。

 

1989年カナダ生まれのグザヴィエ・ドラン。監督・主演を務めた初監督作品『マイ・マザー』を作ったのは19歳のときという早熟さと、主演を務めることに誰も文句のつけようがないほどの美しい顔立ちで話題となった処女作でしたが、私はこの『マイ・マザー』にとてもとても衝撃を受けたのでありました。

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 『マイ・マザー』(英題:I KILLED MY MOTHER)


主人公の男子高校生ユベールにとって、母親は世界で一番許し難い存在。センスのないセーターを着て、食事を食べこぼし、意味のわからない理屈を押しつけてくる。血がつながっていても憎い、血がつながっているからこそ目に見えない絆に苦しめられる……。思春期の葛藤を、母と息子の愛憎劇として耽美に描いた『マイ・マザー』に、私はガツンとやられてしまったのです。ドラン自身が「実体験をもとにしている」と公言していること(彼はどの作品も基本的に自分自身を作品のどこかに投影しています)。ドランはゲイであることも知られていますが、作中での恋人とのベッドシーンの描写に多量の美的感覚を注いでいること。この2点を掲げつつ、思春期の青年にとってはなによりもつらいと感じる体験を一度俯瞰し、どこを切り取っても絵画として飾れるような美しさに作り変えてしまうセンスの良さに、私は腰を抜かしました。これを19歳で作ったと聞いたら、そりゃあ誰だってサポートしたくもなりますし、それがガス・ヴァン・サントと聞いてさすがだなと苦笑しましたが。

 

その後ドランが監督したのは、ひとりの美青年にひと目ぼれした男(演じたのはドラン)と女の叶わない恋心をポップに描いた『胸騒ぎの恋人』、ある日突然ゲイであることを告白した男性と恋人だった女性の波乱万丈な生き様が感動を呼んだ『わたしはロランス』。どれも良作で、ドランの打率の高さに戦慄するしかないのですが、現在公開中の4作目『トム・アット・ザ・ファーム』で新機軸を見せてきて、私は見終わってしばらく言葉が出なくなりました。

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『トム・アット・ザ・ファーム』はドラン初の原作物。もともと演劇作品として上演されており、それを見たドランがその場で作者に「僕はこの戯曲を映画化する!」と断言したそう。これまでのドランの作品とくらべサスペンス色が色濃く、エンターテインメント性も強い映画になっています。

交通事故で死んだ元同僚で恋人だったギョームの葬儀に出席するため、彼の故郷に車でやってきたトム。携帯の電波も入らない片田舎にある彼の実家は酪農場。ギョームの母と兄がもてなしてくれたが、兄のフランシスはトムに、ギョームが同性愛者だったことを絶対に母に言わないこと、葬儀で母が感動する弔辞を述べることを、半ば暴力で命令してきます。しかしトムは葬儀で弔辞をうまく読むことができず、母を悲しませたことでフランシスから再び暴力的な脅しを受けるようになります。トムは農場を手伝いながら逃げ出す手だてを探す……というのがあらすじです。

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今作は主人公が同性愛者であることはそれほど重要ではなく、それよりも兄フランシスの異常な暴力性とそこから抜け出せないトムの心理状態に、観客は引きつけられたのでは。かくいう私も、母親が時おり見せる憎悪と、フランシスとトムの相互関係にいろいろと考えをめぐらせ、瞬きも惜しむほどスクリーンに釘づけになりました。

ドランは監督、脚本、編集、衣装、そして主演。空気が読めるばかりに意見を言えずフランシスの言いなりになってしまう青年をうまく演じています。しかし今作の主役はある意味フランシス。村中を恐怖に陥れる猛獣のようなキャラクターをどうとらえたらいいのか、しばらく悩みました。グザヴィエ・ドラン監督は、フランシスのような「理解できないものを受け入れない人々」がいる社会にうんざりしている、とパンフレット内のインタビューで語っていました。なるほど。

 

最初に見たということもあって、ドランのこれまでの4作品の中では『マイ・マザー』がみずみずしさがあって一番好きではあるのですが、誰も追いつけないほどのスピードでカリスマへの階段を駆け上っていくグザヴィエ・ドランの成長の波に身を委ねる喜びは、生きる喜びに等しいものがあると思うのでありました。絶賛公開中ですのでぜひご覧になってみてください。ハラハラして時々タメイキ、そんな映画です。それにしても私はつくづく、はかなげなものが好きだな。

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映画『トム・アット・ザ・ファーム』公式サイト